すみよしの手帖

生活となりわいと趣味の手帖を紐ときます。

映画 “Grüße aus Fukushima フクシマ・モナムール”を観て

 

 

『フクシマ・モナムール』とはどんな映画か

福島を舞台に、2人の女性の心の通じ合いを描いた映画。

主人公のドイツ人女性はある心の傷抱え、日本を訪れる。

彼女は旅芸人として滞在した福島の仮設住宅で、元芸者の日本人女性に出会う。

2人は立ち入り禁止区域にある家を修復しながら、一緒に暮らすようになる。

 

ドーリス・デリエ監督が撮ったドイツ映画。第66回ベルリン国際映画祭での「国際アートシアター連盟賞」をはじめ、他複数の受賞。

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https://www.berlinale.de/en/programm/berlinale_programm/datenblatt.php?film_id=201606080#tab=filmStills

(Doris Dörrie, "Grüße aus Fukushima", 画像はBerlinaleリンクより引用) 

 

邦題はなぜかフランス語題の“Fukushima, mon Amour”をカタカナ表記したものになっている。

このテーマをドイツ人監督がドイツ映画として撮ることが、ドイツ内での原発問題への興味・関心の高さを伺わせていると思う。

ベルリン国際映画祭で受賞した2016年2月13日時点で、日本での公開は未定。

 

女優・桃井かおり

桃井かおりさんは本当に絵になる。ちょっとやさぐれた、老婦人の役なのに、美しい。彼女が、映画のストーリーが進む中で、どんどん美しくなっていく様も描かれている。仮設住宅での生活を離れ、震災で荒れ果てた家をちょっとずつ掃除して、手入れしながら住める状態にしていく中で、過去を少しずつ取り戻して、整理していく。

 

インタビューの中で桃井さんが次のように語っていた。

「すごく福島の、今状況はデリケートな状況だし、その中で、福島の人を描くときにちゃんと描いてあげないといけないから、それは日本人として、ひとつ絶対にやりたいなと思った。」

 

福島の状況。原発の影響。世界は日本が今どうなっているのか、これからどう進むのかを注視している。「フクシマ・モナムール」は福島のひとつの見方を示したに過ぎないけど、そこで重要な役どころである桃井さんの役が、どう演じられるかによって、福島が世界にどう見られるかにも大きな影響がある。

この役を演じることは意味があることだし、責任が大きなことだ。私は桃井さんのインタビューの言葉に、彼女の日本を背負って立つ気概のようなものを感じて圧倒された。数々の経験を積んできた桃井さんだからできる役であり、言えることなのだと思う。

 

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震災がのみこめない

この映画のトレーラーを初めて見たときから、ぜひ映画館にいきたいと思っていた。

「フクシマ」というのはもはや日本を象徴する単語の1つになっている。でも私の中では震災が消化できていない。というかのみこめていない。もやっとした存在だ。

私は3.11のときは愛知県にいて、震度は4くらいだったと思う。もちろん節電の影響とかはあったけれど、生活の中で東日本大震災の影響を大きく感じることはなかった。震災後、東北地方を訪れてもいない。震災で何も失っていないし、原発事故の影響も感じないし、何が起きたのかこの目で見ていない。

ただ、日本の外にいて私が日本人だというと、多くの人は、「フクシマの状況は今どうなの?震災のときは大変だったの?」という発想になる。福島というか、東日本大震災の影響や原発事故後の現状を知らないことが恥ずべきことだと思える。

 

映画を観て、震災や、震災に遭った人々のことが理解できるなんて単純なことだとは思っていない。ただ、分からないことをわかりたいという気持ちはある。少しでも考える・知るきっかけになったらいいなとは思う。たぶん、見て見ぬふりをしてきたんだろう。だからのみこめていない。

 

震災に遭った人々の復興のニュースなどを見るたびに、なぜ地元に拘るんだろうという思いはあった。放射能の影響もあるし、余震もあったりして、住むには向かないと思われる。それでも昔からいた場所に留まりたいという人の想いを、理解できない部分があった。

 

帰りたい場所

故郷とか、帰りたい場所って何なんだろうなと改めて考えた。たぶん、自分を形づくったものがあるところなんじゃないかと思う。

特別でなくてもいい。たとえば私が地元に帰ったら、イオンとかスタバとかダイソーとか、そんななんでもない昔からある場所にいくと落ち着く。地元で一生住みたいとか思ってなかったので出てきたけど、たまに懐かしくなって帰りたいなとは思う。それとか、親に会いたいなとかは思う。

 

自分が大切にしている、自分を形づくっているものが何もなくなってしまったら、帰る場所がなくなってしまったら。30を過ぎて思うけど、新しい人間関係を構築するというのは楽ではない。年々ダルくなってくる。震災を経験した人に「引っ越せばいいじゃん」とは簡単に言えるけど、新しい場所で全部1からはじめるというのは相当なストレスだろうと想像できる。

 

日本にずっと住んでいたときは、北海道も沖縄も同じ日本だろ、なんて思っていた。そして、全く分からない言語を話す異国の地に憧れていた。でも、日本の外で何年も暮らして、それが当たり前になってしまうと、日本は特別だったんだな、自分が小学校のときに住んでいた家の周りの田んぼの景色だって、特別だったんだなということに気付く。それで、帰りたいっていう気持ちになる。

 

映画を観て、震災の影響が終わっていないこと、震災の規模の大きさを改めて感じるとともに、自分を形づくった「帰りたい場所」を大切にしたい気持ちに、少し共感した。

 

 

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